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なんか、季節の変わり目はいつも「着るものない!」となっている気がする。
タンスにも押し入れにもパンパンに入っているものは服なのですが、
着たい服がない。。。困った困った。。

さてさてオシャレ問答。
オシャレって、結局のところ「自己満足」だとは思うんですが、
その「満足」をどこに見出すのかはその人それぞれだと思うのです。

何か茶色とかベージュとか藍染とかのオーガニック、みたいな服を着ている人は
それを着て自分をきれいに見せたいと言うよりは、
アースと共存な自分の生き方…のようなものをファッションで表現することに満足を見出しているのかな、と思ったり
ゴスロリやコスプレは、まず自分とは別の『なりたい像』が明確にあって、
それに自分をあてはめることに満足するから、その形としてのファッションなのかな…と思ったり。
別にファッションに全く興味がない人もいるだろうし。
他人がどう思おうと自分が好きな格好をすることが満足な人もいるでしょう。

私はオシャレすることで、鏡の中の自分が
「もしかして今日はイケているのでは?!」と思えたらそれでいいです。
というか、すべてはそのために…!と言ってもいいぐらい。
たぶんたいていの女の人はそうだと思うんですけど…


朝パッパッパーとコーディネートして一発でいいコーディネートができると楽しいし、着てみてなんかバランスがヘンだったりすると、何回も着替えて結局最初に選んだアイテム一つも使わない時とかもある。
納得いかない格好で出かける時もあるけど、そういう時に限って
知り合いに会ったりするので「ウウウやっぱり着替えればよかった…」と後悔したりする。
毎日毎日「今日もイケてる!」と思って出かけられたらいいのだけれど、
タンスの中身に着たい服がなーい。あーあ困ったね。

さてさて、キモノ。
ただでさえコスチューム的に目立ってしまうキモノですし、
アンティーク着物だと色柄によってはさらに注目を浴びてしまうわけなのです。
だからこそ着物の時はいつもより他人目線で鏡を見ないとイカンと思います。
客観視、これはすごい大事だと思う。
キモノは自己満足の落とし所が洋服とはちょっと違う気がする。

なんか、着物って形が全部一緒なだけに
「うんギャー!この色!この柄ステキ!このモチーフラブ!」とかで
買ったりしてしまいがちで、珍しいものや変わったものを
手に入れることに満足を感じたりしちゃうんですけど、
そのモノ自体の素敵さと、それが「自分に似合って自分が素敵に見える」かどうかは
まるきり別問題だなーと、当たり前のことを最近またじわじわ思います。
私の場合、薔薇のリアルな刺繍帯とかすごい好きできれい!と思って
買って何本もあったりするのですが、
そもそも薔薇って自分のキャラじゃないよな…と最近あきらめがつきました。
薔薇という花の存在が華やかすぎて、自分が負けている(=似合ってない)。
同じ薔薇でもデコならOKとか、チョイスが変わってきました。

キモノは『ハンサム★スーツ』じゃない。
着るだけで自動的に素敵になれる服なんてない。
薔薇の帯をしたからと言って、自分の顔立ちが華やかになるわけじゃない。
せっかく着るなら似合うもの、自分がきれいに見えるものを
ちゃんと選ぶことがオシャレなのではなかろうか…といいつつオシャレ問答、
答えがまだまだ出そうにありません。

人からどう思われようと自分が着たいもの着るのが一番!
というのもたしかに、たしかにそうなんだけども!!
「他人の目をも楽しませる」のがキモノだと思うので、自分に似合うものを着て、
本体も磨いて、着るものに合ったヘアメイクや小物使いまでちゃんとしてこそ
鏡に映った自分を「ヨッシャ!イケてる!」と思えるのではないかしら。

なので私はキモノの時は、毎回色々撃沈しています。
洋服のオシャレよりハードル高いし緊張するし奥が深いし、
ホントなんでこんなに大変なのだろう!?
でもだからこそ面白いんだよな〜。キモノめ…!

洋服もキモノも、ただオシャレに着たいのであります。
しかしそれがめっぽう難しいんじゃよ、ということであります。

そしてタンスに着たいものがないわ〜
困った困った。